ホーム 会社概要 タイ国内旅行 オンラインで世界旅行 Online travel booking for japanese people タイ関係リンク Web links for longstay and japanese traveler 会員登録 Member Register and log-in page お問い合わせ Contact us for long stay information  
ロングステイ情報 Longstay information for japaneses  people 買物代行 Online OTOP shopping Center オンラインでのオーダーショッピング Cafepress Shopping - Worldwide ボランティア 象の病院 Donate for help pity Thai elephants with us ボランティア 山岳民族 Donate for Thai mountain children  
JOIN NOW. It's FREE!       USER NAME PASSWORD      FORGOT PASSWORD?

* FREE! Register with us to browse our download section.
We give our member free e-books such as travel guide, long stay guide, travel tips and more.... JUST JOIN US!
Search our website content here!
   

Search Powered by Google
>> Pay for our service via our
"Secured Online Payment System"


secured payment system powered by thaiepay.com

Donate 500THB
to support "Help Thai Elephants Project"


暑いから体に良い物を与えたい!食欲が減るから・・体に力を与えたい・・など
この時期暑さと食べ物の傷みが激しくなり以外に消化不良・食あたりなどを起こして
倒れることが良くあります。
そんな時タイ人はどうしているのでしょう??

タイの人々は昔からあるタイの薬草を普段の料理に加えながら防止しています。


バイシャプーと呼ばれる葉日本の七草と似ている 。

パクチー日本人にも弱い人がたくさん居ますが案外蚊を寄せ付けないと言う面では効果テキメンです。このパクチーは捨てる部分が在りません。

バイマックルーの葉・臭い消し消毒などの効力があります。



空菜(パップーン)  マパオオーン(ココナッツの芯)  ニガウリ()

バイトゥーイ(喉の乾燥・痛みを和らげる)バナナの花(クルアイドーク・出産後母乳を良く出す作用がある)
バイサラネー(ハーブ・血液の解毒や鎮痛効果)


タイ国最高峰の3大山をご紹介致します。

 タイで 1番高い山それは?ドイインタノン国立公園 標高2565m
      2番目に高い山  ドイパーホムポック     標高2288m
      3番目に高い山  ドイルアンチェンダオ    標高2275m


双子の仏塔
ドイインタノン国立公園


ドイインタノンから見える朝焼け

ファン郡のミカン畑

日本のミカンより甘い


ドイパーホムポック


2億年以上前から存在して来た山
太古の美しさをそこに見る。


ドイルアンチェダオ

ポイントが異なると別世界を思わせるこの山、昔海底の中に・・も裏 付ける。
どこか中国雲南省にも似ている。

  環境問題は山の自然を壊しその昔の歴史をも破壊してしまう程重大な問題!!

1.
環境保護とロープーウエイ問題
現在も観光開発プロジェクトと住民との話し合いがつかない問題

タイといえば誰もが知るドイインタノンだ2,565m、その頂上では11月―1月中は殆んど3度くらいしか温度がなくとても防寒着なしではいられない寒さであ る、今年は特に寒さが厳しくマイナスを何度も記録した、・・しかし雪は降らない!
2位ドイパーホムポック2,288m3位がドイルアンチェンダオ2,275mであ る。ほんの少しの差しかない高さだがそれぞれ特殊な特徴を持ち楽しい山々を歩く事が出来ます。今回ご紹介するのは3番目に高いドイルアンチェンダオです。
この山は石灰岩質であることが特徴なのですが、2億3千万から2億8千万年前の地形が隆起し、雨などにより侵食されて出来たと言われています。その昔にはここは海の中にあ った事を裏付ける海洋生物の化石などが確認されている。
地質が岩な為に土壌に十分な水分を蓄えられず標高が2,200mを超える為何層にも渡り生物層の移推帯があ ります。
自然環境によりドイルアンチェンダオは生物多様性豊かな独特の生態系が存在しています。また高山植物を見ることも出来ます、この山は森林生物種保護地区として指定されており、このドイルアンチェンダオが膨大なる生物を生息させている貴重なところであ るとドイツ人植物学者C.C.Hosseus氏により報告されました。ドイルアンチェんだおはここでしか見ることが出来ない植物が200種類も確認、有名なのはデンマークの世界ラン権 威により認定されたSrindbornia pulchil laと名づけられたランでしょう。現在までに35株の生育が確認されています。また、動物も非常に珍しいビルマカラヤマドリ、カモシカなどの生息も確認されていますが絶滅寸前の状態です。こんな世界的にも貴重な場所にロープーウエイを立てたら、貴重な動物や生物が死んでしまう・・・それでも観光地かを目指す人々からの計画案は未だ取り消されていない事実・・と現実これはこれからもまだ後を引く環境問題として注目を浴びていく事でしょう。ただ利点も出ています、設置する事でハンディキャップがある方々やシルバーの方々などが山に入れる、と言う利点です。また山の洞窟には北タイの精霊の王、ジャオルアンカムデーンが住むと信じられており、神の頭の跨ぐことになるロープーウェイ建設は住民との価値観の違いなどから、まだ遅れるのではないでしょうか? 
                                        津田幸一 2004年12月31日チェンマイ大学院卒業

この他にもあ る有名な山として機会があれば是非皆様にもチャレンジして頂きたいところ。 プーチーファー

会員の皆様はログインしてメンバー9-10-11-12ページをご覧下さい。

パタヤノイ!の愛称を持ち現地の人々の憩いの場ホイトゥンタオ・・

チェンマイにパタヤがある??しかも名前がパタヤノイ 小さいパタヤとは・・・本命は”ホイトゥンタオ”と言います。既にタイは真夏になり毎日暑い・・この山の中で何処に行けば?涼しくて楽しいか?となうと先ず誰もが通うのがドイステープにある滝や動物園そして貯水池・・ただこの連日小学生が2人亡くなって入る。流石に海で育つ子供にはありえないことが山育つ子には必ずある水害・・どうしてなのだろう??泳げないとか急に足が痙攣してとか・・は日常茶飯事なので、水に入る前には良くストレッチをしてと教えられているハズ・・・それでも一人二人で泳いでいるわけではない・・大抵が10人近くの団体で遊んでいる。それでも事故は多いのが現実なのだ・・・ソムタム・ガイヤーン・と言えばタイ人の好物メニューお弁当を用意しては大変だけど現地で注文すればノンビリ昼寝も出来ちゃう優れもの!!そんなわけで土日になれば現地っ子で満員御礼になるホイトゥンタオ、其れをなずけてパタヤノイと呼んでいるわけです。場所は新道700年競技場の前の道を真直ぐ走り車でも15分あまりのところに看板がある所を左折しさらに右折その先には入場料15Bを支払い貯水池まで進むのだが・・このあたりは全て軍の物全てには軍の警備があり管理されている。このあたりは全てな為にこの右方向にあるランナーゴルフ場も勿論軍の敷地・その隣にある公園も・・競馬場も・・・管理が厳しいからこそ守られている環境とも言えるかも知れない。 このホイトゥンタオ何故軍が管理しているか?勿論軍の基地の中にあるからと言う事は本当だ。その昔この当りには貯水池がなく毎年水不足で悩まされていた・・チェンマイの町に比べてココは少し高台にあるため雨が降ると、町の方に流れて行ってしまうという事でこの当りでは貯水池を作るか水のタンクを各自備え付けポンプで地下からくみ上げると言う事をしていたが・・この軍からの要請で今のラマ9世が現地に出向きココを作ることを許可した事からこの貯水池ができたのである。生えびの踊り食いならではのこの入れ物が憎い!これをシャッフルするとえびが酔うんで踊り食い・・・てか??死なないんですよ、酔うんです。
チェンダオをあまり観光地としては知られていないかも・・何しろエレファントキャンプで行くくらいでそこがチェンダオだと知らない人が多いと思うから・・・・でもこのチェンダオまで車で約45分くらい・・そこにはたくさんの象がいるんです・・チェンダオだけでもオソラク・・200頭くらい・・今回紹介するのはチェンダオの軍の基地の辺りにあるバーンチャンエレファントキャンプ・・イヤー楽しい!!朝09:00からのショーと10:00からのショーと2回ショーがあるので是非行くべし!!最近の人気外国人旅行者の多くはヨーロッパの人達で、大型観光バスが軒並み駐車場に並んでいる・・・川で水浴びをしながらお目当ては絵を描くショーだ!どの象もどうして静かに鼻を使い筆を持てるのか??不思議。流石に頭がいいと言うのは本当の事!見学しながら納得したりして・・・ここの象が描いた絵は流石に売られてはいないけれど・・有名なメーリムのエレファントキャンプでは1枚100万Bをだして購入した外国人がいる位、価値がある物らしい・・・でもどうも年齢の浅い3―4年歳の年の象が一番賢いという事が良く判る。音楽を遣らせても?大好きな象は体中で表現するし、歌う象までいる位だ。大型10年以上の象になると繁殖が一番盛んな為妊娠中はあまり働けないとの事、それでもこのバーンチャーンには小象がたくさんいる・・・最近でも6ヶ月の象が母親に連れられて歩いていた。ちゃんと客席にチップを貰いに来るが、声を出してお願いして見せるし、貰えればキチンと頭を下げる正義作法まで出来る、その辺の小物ウリの山岳民族の子供より礼儀作法を心得ているから笑えるくらいだ・・・・象に乗り1時間の時間川を下り山に登り・・1日2回も遣れば疲れるだろにと思うほど頑張る姿が健気だ・・最近20頭がクラビーから出稼ぎに来たと言う事で、地震の直後の話を調教師と話してみたが・・その影響を受けた象だけでもクラビーからチェンマイに移転して来た象は50頭近くいるんだそうだ。しかもクラビーから早くても2―3週間掛けて歩いてチェンマイまで来ようと言うのだから象も大変だっただろうに・・・日中歩くと象の足が遣られてしまうので、夜から朝方に掛けて前と後ろに電気を付けて交通事故などに遭わないようにして移動し、2日中は木陰で休み休み移動し着いた時は人間も丸2日間寝たし象は食事どころか水も飲まずに川の中を出たり入ったりして寝ていたと言うことだ・・・着たときは古くからいる象に脅かされたり苛められたり大変だったと話していた・・それでも1ヶ月もするとメスの象もオスの象も気になり始めて発情したりして・・なんて調教師のおじさんはにこやかにそのときの様子を語ってくれました。津波が来る寸前象が海から走り逃げる姿はは只者ではなかった・・とこちらが普段の習性を知っているだけに・・声をだしてキャーキャー言う象が妙な予感を的中させて命拾いをしたとはなしてくれた、先ず小象が逃げだしたらしい・・・それからその異常ブリに親が反応して凄い走り方だったと言うことだ。その時の様子や後の処理を随分手伝い・・それが住むとこちらに移動して来たらしい・・・きているだけでそのときどれだけ恐怖が象の中に存在していたのか良く分った・・涙を流して驚いていたという事は物凄い恐怖が象に在ったと言う事を理解させた・・・そんな象達もココに着てからは落ち着いて仕事をこなし始め、嬉しいことだと話してくれた。
チェンダオの鍾乳洞の歴史自体はまだ148年と言う浅い歴史です。しかしその中にある鍾乳石の年代を判断すれば遡る事数千年の歴史が其処にあります。チェンマイからは約80km時間にして1時間30分くらいでしょうか?・・豊富な水の源は地下水ですが・・雨の量により今年は残すところ20%くらいの少ない量です。その豊富な水のお陰でここには今でも沢山の薬草が存在します。この薬草のお陰で自然治癒したケースは少なくありあません。 このチェンダオを発見した人の名前は、パヤ-インターコオと言う人でまれに見る幸運のもし主とその暖かいまなざしは行く行くまでも仏像のような優しい面影を持ち優しいその人格がこのチェンダオケーブを有名に下のです。この場所に初めて人が立ち入りその存在を明らかにし、其処を基点とし村を築き人々を助ける寺院を建設したこのパヤ-インターコオその初めての出会いが遡る事148年前仏暦2400年(現在2548年です)でした。このインターコオは其処からは離れたところに住んでいたのですが、旅をしながらこの場所に偶然出会い、この山の麓から水が湧き出ていることを見てここに村を作れば自然の恵みがあり沢山の稲作が栄えることが出来るのではないかと考えました。勿論水は耐えることなく湧き出し、その中には大きな魚も見たので、そう判断したのです。急いで家に戻り彼の家族や親戚などに相談します、その時は親戚縁者を含めても其処に移動したのは4軒ほどでした。そしてその場所をバーンラーイと名づけ(後にバーンタムと言われます)その意味はこの鍾乳洞の前にある村というものでした。時代の流れとともに其処に移り住んでくる人が増え、村はドンドンと膨れ上がります、その時彼はここに寺院を作ることを提案し、彼は一躍このあたりで有名人になります。ところが中にはそれを嫉む人が出てくる訳で、その捻れた心が悪い心を起こさせ彼を警察に捕まえて貰う為に、警察に嘘の情報を流したのです、このインターコオはビルマと通じており人を誑かしているテロリストだと報告するのです。その為警察が彼のところに来てお前は自分が悪い人間だと言うことを知らないのかと?訳の判らないインターコオに暴力を振るい酷い仕打ちをしたと記されています。見せしめの為手錠を羽目木で出来た長い帽子を被せそこに棒を通し身うごきが利かない状態の彼を筏に乗せ3日間を掛けてチェンマイの刑務所に輸送します。村の人々は酷く悲しみ造り掛けの寺院もそのままになります。刑務所に着き管理官と出会いますが・・このときもまだ管理官は彼の影から如何しても罪を犯した人間とは異なるものを感じ、何度も彼と話合います。それほど人々が悲しみを露にしていた証拠でした。裁判所での判決でも自分に不備はないと言う彼を処罰することが出来ず・・そのまま時間が経過します。約6ヶ月後、偶然南から偉いお坊様がチェンマイのワットチェディールアンにある行事の為にくると言うことで刑務所から全員参加してそのお坊様と出会います、その時お坊様とニコヤカナ挨拶がありお坊様が不思議に思い、お坊様の方から刑務所の彼の所に訪れます。なぜそれほどお坊様が感じたのか?それは彼の面影は仏像のように穏やかで、悪人の顔と違うものを感じていたからだと言われています。刑務所で何日も何時間もお坊様とインターコオは話し合いをし、お坊様だ出した結論は・・・悪い企みに陥れられたと判断し管理官に釈放を申し入れます、その時管理官はすでに彼が罪人ではないと分かりだしていたので、そのお坊様の申しいれをすんなり受けたのです。ここに入れられてすでに6ヶ月の時間が経ッていました。釈放は街中に知れ渡り、彼を出迎えワットチェディールアンでそのお祝いが3日3晩続きました。その後自分の家に戻り建て掛けの寺院を再建します。この時にはマンダレーからデザインを担当する人や絵を描く人を招き再建されました。出来上がると街中でお祝いしその事を喜び会いました。その時インターコオは村人にこう語ったと言われています。‘この後沢山の金がここに落ちるだろう・・それは何もしなくてもこの鍾乳洞にはそれだけの価値があるからだ!しかしそれが原因で人々の中で土地などを分けるなどの争ういが続くだろう・・話し合い正しい判断を皆で下すように‘という話をしたと残されています。インターコオはその後79歳の命を閉じその骨はその寺院つまり古い寺院のある場所・・それは池のある前になりますが、大きなきの下に丁寧に埋葬され、その後彼の家族や親戚も丁重にここに埋葬され今でもその後を見ることが出来ます。現在はその大きな木は枯れてしまい別の場所に移されたという事ですが沢山あるお墓には誰が入っているのかは外見からは分かりませんでした、その傷み具合が激しいのですが其処に丁寧に埋葬されている様子を見ることが出来ます。鍾乳洞の前の池は毎年姿を変化させ昨年の訪問時の写真では満々と満ち溢れた池の水その透明な美しい水には大型の魚が沢山泳いで降りましたが、今回はその水が干上がり20%くらいの少ない水の中になんとか大型の魚も生きていました。雨季がくればまた、水が沢山溜まり美しい姿を見ることが出来るでしょう。鍾乳洞に入るとすぐ現地のガイドさんが案内してくれます、ガイド料は100B外人は200B取られることもある様子ですが、ランプを借りてガイドなしで中を見学しても全くわからないと思います。言葉が分からなくても其処を指差しここだと言われれば底に何千年もの時間の流れで出来た鍾乳石を目にすることが出来るでしょう・・ヒールなど滑り易い靴はその場でサンダルを10Bで貸し出しているので是非、それに履き替えて無事に見学出来るようにしましょう・・階段を上り始めると冷たい冷気がここが鍾乳洞で涼しいところだと感じられますが、中に進むに連れ空気が流れて行かないので息苦しいものがありますが、正味見学する時間は30分程度です、頑張って見学して下さい。所々狭い入り口があり頭をぶつけるとかなり痛いので十分気を付けて下さい。現在でも鍾乳石が形成されているため、足元が濡れているため滑り易い状態です、十分注意して進んで下さいね。

太平洋戦争の傷跡

チェンマイ周辺の日本兵慰霊碑・塔などに関する情報



戦争を知らない時代を生きていく自分達
や子供達忘れてはならない戦争と言う悲しい事実
決して起してはならないと肝に命じなければならない戦争を考える。


歴史: 開戦の決意は1941年11月5日の御前会議の新「帝国国策遂行要領」で固まり、開戦日も陸海軍作戦当局者の間で決定。1941年12月8日 ニイタカヤマノボレを合図に日本軍は真珠湾攻撃への攻撃を行う。これが有名な真珠湾攻撃、後にも先にもアメリカを心底怒らしたとされる大きな戦線布告であった。タイ南部のソンクラーの上陸を行いました。これが所謂太平洋戦争の始まりでした。
日本はタイと講和条約を結びタイは日本軍の国内駐留を認た、それはタイが隣国ビルマやインドに対しその勢力を伸ばしたかったからであるとされている。
この後日本軍はインド東北部にインパール作戦が行われた。インパール作戦とは、ビルマに進入した日本軍が幾多の作戦によってほぼ全ビルマを占領したあと、さらにビルマ国境を越えてインドに進攻しようとした一大作戦をいう。この作戦はビルマを確保するためにはビルマの防衛線を国境外に推進しなければならないとする戦略と、インドに兵を入れ、インドを独立させて英国を浮き上がらせ、英米の連合戦線を分断することによって太平洋戦争を終結に導いてゆきたいとする政略とが結びついて企図されたものである。
インド、北ビルマ(ミャンマー)、バングラデッシュ、中国(雲南省)の国境地、ビルマから国境をインド(マニプル州)へ越えると要衝インパールがある、この地域はヒマラヤ山脈がインドシナ半島に落ちるところであり、地形は極めて険阻、インド・ビルマ国境をなす西側山脈(アラカン山系、パトカイ山系)は 3千m 級でかつ急峻、容易に人を寄せつけなかった。それに添って南流するチンドウィン川(下流はイラワジ川となる)も夏季 には最大 1 日 1000 ミリを超える雨量(東京の年間雨量に近い)で水嵩が増し、荒れ狂う無数の流れに分かれ氾濫、また、流域は高温多湿でチフス、マラリアなど熱帯病が猖獗(しょうけつ)し猛威を振るった、と記録されている位最悪なる場所であった。
これによる日本軍兵士達の日本に向けての過酷で悲惨な帰国までの道のりがあり、多くに兵士達がこのチェンマイで命を落として行ったのです。その戦争の真実を伝え、兵士の霊を慰める慰霊塔が幾つかこの北タイにも立てられています、厚生省による遺骨収集が行われましたが、5万から6万体の未収集の遺骨が北タイには埋まって要るだろうと言われているのです。昭和時代の残した哀しい事実、しかし日本国は何故援助の手を差し伸べないのだろうか?今や平成時代となり忘れ去られようとしているこの事実を、このまま投げ出したままでいいのだろうか??
未だ過去の傷を癒されない人々が沢山存在し過去の事実を知るタイ人が現存する今だからこそ、キチンと目を開けてこの時代の哀しみを残すべきなのではないだろうか?
今の時代この悲惨な事実を知らない大人が増え忘れ去られて行く時代の流れ・・・自分ひとりではどうすることも出来ない憤りを感じています。
また、こうした状況の元日本人兵士達の心を救うが如く自費で彼らの遺品を集めメーホーソン県クンユアムに博物館を建設されたタイ人のチュチャイ氏はこう語る”日本軍の残虐さに主眼を置くカンチャナブリの博物館とは違う、タイ人も苦しめられたが、日本兵も国家の命令でここまで連れてこられ苦痛を味わった、その戦争の悲惨さがこの博物館のテーマであると
・・・カンチャナブリにおける日本兵の残虐きわまる行いは今でも日本人の心を傷つける、それは戦争に勝ち進んで来た者ぞしる栄光と誇りの現れだったのではないだろうか?また、そのあるべき日本男児の誇りが戦争と言う形で歪んでしまい、戦争で異常な状態に置かれた彼らの精神状態は、負けると言うことの恐怖、毎日命を落としていく捕虜達、熱帯地帯独特の異常な暑さと病気への恐怖、それらは恐らく計り知れない恐怖との戦いであったのではないか?と推測する
広島に原爆が落とされ天皇陛下からのお言葉は彼らにとり生きる術をなくしたも同然のもぬけの殻となり、インドからメーホーソンに抜けチェンマイにたどり着くまでには生きる気力どころか生きていく目的さえもが失われ、歩き続けボロボロになった靴を捨て直下に歩けば足の裏が遣られ、飲む水が無い為畑の水を飲み、川の水を飲めばお腹を壊し、傷口にたかる虫から炎症を起し蚊に遣られてデング熱マラリアに係り、ここで体力を失ったものは日本に帰ることは叶うことなく苦しみから逃れる為に自決していく・・・命が無事でチェンマイにたどり着いた物も安堵も束の間力尽きてしまう・・・日本人がインパール作戦で各国からインドに送られて来たのが30万人、そこから命辛々逃げてきたのが10万人タイに居た兵士を合わせると約12万人。その12万人一人一人に粗目のお砂糖を配り日本に返したくれたタイ国政府の優しい心に救われてここまで来た日本である事も、日本兵達の哀しい苦しみも忘れてはならない大切な歴史の一部である、と言うことをこれからを生きていく自分達がしなければならない事を改めて考えて行かなければならないと感じざるには終えません。



タイ・ビルマ方戦病没者追悼之碑
と鐘楼
 

ワットムーンサーン内慰霊碑

チェンマイ市内
ワットムーンサーン内慰霊碑

チェンマイメーリム郡
ワットドンゲーオ

サンパトーン
バンガートマタヨム 中学高校
タイ・ビルマ方戦病没者追悼之碑
と鐘楼
 

メーホーソン県クンユアン郡
ビルマ戦線将兵鎮魂之碑



会員の皆様はログインしてメンバー9-10-11-12ページをご覧下さい。

ここからも国内外旅行の予約が可能です。お試し下さい。 Visit Our Sponsors!
Click Here!
Click Here! Click Here! Click Here! Click Here! Click Here!
Click Here! Click Here! Click Here! Click Here! Click Here!
Click Here!        

Link Exchange
Link code
Link code
Yahoo! JAPAN
相互リンクをご希望の方は下記バナーをお使い下さい。
その後連絡をお願い致します。
場合によりお断りさせて頂く事もございますがご了承下さい。
メール lgreenplan@yahoo.co.jp

L GREEN PLANING  CO., LTD
Office: 33/1 Chomdoi Soi 1 Suthep Muang Chiang Mai 50200
Office Work : 7 Nimmanhamin Rd. Suthep Muang Chiang Mai 50200
Tel/Fax : +66 53-895027
タイ国観光局営業許可番号 23/0652


Copyright 2004-2005, All rights reserved. L Green Planing Co.,Ltd.
Website: www.lgreenplan.com Email:
info@lgreenplan.com
, lgreenplan@yahoo.co.jp
We accept online payment.


 

secured payment system powered by thaiepay.com